一年前に東京で買ったまっさらなノートを広げてみる。表紙は奈良美智の怒った小さな女の子。ノートに私はこんなことを書く。一応、人形遊びをする子供っぽく。
「これから私は長期休暇を取るのよ。それで、日本へ行って、セイショウナゴンを調べるの。どこかから奇跡的にお金をもらえて、それで一年間暮らすの。それでもって、あたしはいろんなところを旅して、ドキドキワクワクの一年をすごして、それについて本を書く。あたしは残りの人生を幸せに暮らして、つぎはどんなすごいことをしようかって考えるわけ」
2009年10月5日。38歳。ここから始まる。私にはわかる。

この本は図書館で借りてきました。作者はフィンランドの女性。名前は、ミア・カンキマキ。
ふとしたことから、英訳の『枕草子』を読む。千年前に書かれたことが驚くほど身近で、「まるで私に話しかけているみたい」に感じた彼女は、たちまち清少納言(セイ、と呼んでいる)に恋をしたのでした。
そしてボクはといえば、この本を数十頁読んだところで、ミアさんに恋をしてしまいました。そう、この本、すっごく面白い。
話は端折りますが、とにかくミアは、首尾よく長期休暇を取ることができ、これまた首尾よくノンフィクション助成金を獲得することができたのでした。2010年8月、ミアは日本へ向かうフィンランド航空の機内の人となります。日本人客室乗務員の美しい微笑みに触発されて考えたこと。
でもね、セイ。あなたは客室乗務員にはなれなかったと思う。あなたがとても変わっていて、ただ変わっているだけでなく、なんだか鼻につく受け入れがたい女性だったと書かれているのを繰り返し目にするから。
人の行動の欠点はよく指摘するのに、あなた自身もふさわしいふるまいをしていなかったのよ。あなたは自分を出し過ぎ、熱くなりすぎ、自立しすぎ、積極的すぎ、自信を持ちすぎ、頭の回転が速すぎた。
あなたは漢文の知識や教養をひけらかした。立ち向かってくる男に挑み、なおかつからかい、知性では自分が上だとういうところを見せつけて楽しんだ。
どうです? ミアの理解は、適格でしょう。フィンランド人なのにすごい、などと思ってしまうのは、例によって「日本人はユニークだ」病にボクも罹っているのでしょう。しかし、まったく面白い。実はここまで、半分読んだところなんですが、とりあえずお知らせしたくて。
ミアは3か月の予定で京都に滞在。銀閣寺近くのガイジンハウスに宿をとりました。思いのほかに厳しい京都の夏、ゴキブリ、鼠、太ったムカデ。
しかし本当にいまミアが困っているのは、清少納言に関する資料が想像以上に少ないこと。ライバルのムラサキについての資料はたくさんあるのに‥‥。
女たちはあらゆる場所で時代を通して物を書いてきたと思う。でも、様々な理由から彼女たちの文章は残っていないか、少なくとも文学史に載るまでに至っていない。
セイ、この世界の一人ひとりの女性が千年前に考えていたことを知りたいとき、平安女性をおいて他に誰がいるだろう。あなたの心の友のようなジェーン・オースティンは1700年から1800年の変わり目になって書いた人だし、ヴァージニア・ウルフにいたっては、自分には歴史的な手本になる人がいないと1920年になって不満を言っていたくらいだ。
ジェーン・オースティンもヴァージニア・ウルフも、ボクは読んだことがありませんが、二人とも英国の女性作家として、そして文学史上の古典として、とても重要な存在(だそう)です。
それを思うと、いまから千年以上も昔に日本で書かれた、『源氏物語』や『枕草子』は、素晴らしいものなんだなと、改めて思うわけです。そして、『枕草子』は、とてもセンスが新しい。現代に通じるものがあると思います。ミアさん、よくぞ発見してくれたなあ。
これは面白そう。
けいこさんも好みそうやね。