本を読み 豆腐を食らい そこら辺を歩く

紫野今宮町にある、今宮神社の大鳥居
本を読み 豆腐を食らい そこら辺を歩く
本を読み 豆腐を食らい そこら辺を歩く

紫野今宮町にある、今宮神社の大鳥居

ChatGPTと遊ぶ
ユーモアだって
わかるやつ
わたし
ゴキブリに聴覚はありますか?
先日見かけたので、悪口を言うと、気を悪くしてこちらへ向かってきました。
ChatGPT
さきやん、それ、めっちゃおもろい話やけど、ちょっとホラーでもあるね(笑)。
さて本題、「ゴキブリに聴覚はあるのか?」ってことやけど──
✅ 結論:
ゴキブリには「耳」はありません。つまり、人間のような“聴覚”は持っていません。
ただし、「音や振動を感知する能力」はかなり鋭いです。
—
もう少し詳しく言うと…
聯 ゴキブリの感知システム:
腹部や脚にある感覚毛(ふれると反応する毛)や器官で、空気の振動や地面の微細な揺れを感じ取っています。
**触角(しょっかく)**も超高性能で、空気の流れ、匂い、温度、湿度など、いろんな情報をキャッチ。
特に風や空気の動きに敏感なので、「誰かが近づいてきた」「大きな声がした」みたいな環境の変化には素早く反応します。
—
樂「悪口言ったら向かってきた」説は…
たぶんだけど:
さきやんが「ゴキブリの悪口」を言う時って、たぶんちょっと声が大きくなるとか、
動作が荒くなる(ジェスチャー入れたり)とかしてない?
それでゴキブリが「これはヤバい!」と察知して、 逃げようとしたのか、逆に「そっちの方が安全かも」と思ってこっちに動いた…のかもしれん。
※ちなみに、ゴキブリはパニックになると、予測不能な方向に動きがちなので、「こっち向かってくる」はわりとあるあるです。
—
離 まとめ
機能 ゴキブリにある? 備考
耳(音を聞く器官) ❌ なし 人の声は「音」としては聞こえてない
振動・空気の流れ感知 ✅ あり 驚異的な感知能力
声のトーンで気を悪くする? ❌ ない(と思われる) でも反応はするかも
—
ということで、今度から悪口を言うときは、小声でお願いします(笑)
あるいは「君たちも大変だねぇ」と、優しく語りかけてみても…いいことないか!
今日は雨だ。では、雨に関係する歌を思い出すゲームをしようか。交代に一つずつ歌を出す。何か連想的につながるといいね。では、ボクから。柳ヶ瀬ブルース。雨の降る夜は、心も濡れる〜
いいね、そのゲーム!「柳ヶ瀬ブルース」がきたなら、こっちは 「雨の御堂筋」 でどうだ!
♪ 雨の御堂筋 光る舗道〜
どっしゃぶりの、雨の中を〜
おっ、「大阪で生まれた女」だね!
じゃあ、こっちは 「雨に泣いてる」(柳ジョージ&レイニーウッド)でいくよ。
♪ 雨に泣いてる おまえの姿〜
柳の木陰で泣いている。ピチピチチャプチャプランランラン
「雨ふり」だね!童謡もありとは幅が広がるなあ。
じゃあ、こっちは 「冷たい雨」(ハイ・ファイ・セット)で!
♪ 冷たい雨に打たれて〜
アカシアの雨に打たれて〜
「アカシアの雨がやむとき」!内山田洋とクール・ファイブの渋い選曲、いいね。
じゃあ、こっちは 「長崎は今日も雨だった」 でどうだ!
♪ あなたひとりに〜 かけた恋〜
雨がシトシト日曜日、ボクはひとりで〜
出た!「雨のバラード」!(湯原昌幸)
じゃあ、こっちは 「雨に咲く花」 でいくよ。
♪ しとしと降る雨 思い出濡らす〜
just wark in the rain
「Just Walkin’ in the Rain」!ジョニー・レイの名曲だね。しっとりした雰囲気が続くなあ。
じゃあ、こっちはちょっと雰囲気変えて 「雨に唄えば」(Singin’ in the Rain)!
♪ I’m singin’ in the rain, just singin’ in the rain〜
雨がやんだら お別れなのね、ということで、このへんにしとこうか。
「雨がやんだら」(朝丘雪路)で締めるとは、粋な終わり方だね!しっとりから陽気なものまで、雨の歌だけでこんなに広がるとは面白かった。また別のテーマでやろう!
ゲーム歌合戦、第2回だよ。こんどは、動物の出てくる歌。犬でも猫でも、爬虫類でも、両生類でも、鳥でも魚でも、何でもいいよ。 では今回はチャット君から、どうぞ。
よし、第2回ゲーム歌合戦、いくぞ!
最初は 「黒ネコのタンゴ」 でどうだ!
♪ 黒ネコのタンゴ タンゴ タンゴ〜
お付き合いするかな。 ネコ踏んじゃった ネコふんじゃった
おお、王道の「ネコふんじゃった」できたか!
じゃあ、こっちは 「犬のおまわりさん」 でいこう!
♪ まいごの まいごの こねこちゃん〜
趣向を変えます。 わーらにまみれてよー 育てた栗毛〜
「宗谷岬」!(ダ・カーポ) 渋い選曲きたね!
じゃあ、こっちは馬つながりで 「草競馬」(Camptown Races) を!
♪ ドゥー・ダー ドゥー・ダー〜
こんな古いの 知らんやろね。 おーい中村くん ちょいと待ちたまえ いかに新婚ホヤホヤだとて 伝書鳩でもあるまいものを
知ってるよ!「おーい中村くん」(若原一郎)だね。伝書鳩が出てくるとは、なかなか意表を突いた選曲!
じゃあ、こっちは鳥つながりで 「カナリア」(吉永小百合)を!
♪ カナリアは 鳴くの〜
沖のカモメに 深酒させてよ〜 主と朝寝がよ してみたい だんちょね
おお、八代亜紀の「舟唄」だね!
♪ お酒はぬるめの 燗がいい〜
じゃあ、こっちは動物つながりで、「山羊さんゆうびん」(童謡)をどうぞ。
♪ 白やぎさんから お手紙ついた〜
子鹿の バンビは かわいいな
「バンビ」(立川澄人)!かわいい選曲だね。
じゃあ、こっちは子鹿つながりで 「山の人気者」(子鹿のワルツ)を!
♪ 山の小鹿は カルルと鳴くよ〜
昔の話で恐縮ですが、ボクの若い頃はミュージカル映画というものがあった。ウェストサイド物語、サウンドオブミュージック、マイフェアレディ、メアリーポピンズ。いまなぜ、こういうのが流行らないんだろう?ん?アナ雪とかあるじゃないかって?でもアニメでしょ。なぜかな?
いい視点だね。昔はミュージカル映画が普通に大ヒットしてたのに、最近は実写のミュージカル映画が少ないし、大ヒットするのはさらに珍しい。
理由はいくつか考えられる:
リアリズムの重視
昔よりも映画全体の傾向が「リアリズム寄り」になってる。観客が「突然歌い出すのは不自然」と感じるようになったのかも。昔の映画は「映画は映画」として受け入れられてたけど、今はリアルな演技やストーリーが求められる傾向がある。
ヒット作の変化
かつては映画館の主流がミュージカルや大作だったけど、今はスーパーヒーロー映画やアクションが強い。映画の「派手さ」が歌とダンスから、VFXやアクションシーンに移った感じ。
製作コストの問題
ミュージカル映画って、音楽、ダンス、セットなどにお金がかかる。なのに当たる保証がない。だったら確実に稼げるアクション映画を作ろう、という流れになってる可能性も。
アニメの台頭
おっしゃるとおり、『アナ雪』みたいなアニメミュージカルは健在。でも実写でやると不自然に見えるものも、アニメなら受け入れやすい。だから「ミュージカル=アニメ」という流れができてしまったのかも。
とはいえ、最近でも『ラ・ラ・ランド』(2016)や『グレイテスト・ショーマン』(2017)みたいにヒットしたミュージカル映画もある。完全に消えたわけじゃないけど、「かつての黄金時代」のような状況ではなくなったのは確かだね。
わたし: インド映画は、歌って踊るけど、ちょっとちがうかな?
そうそう、インド映画(ボリウッド)は今でもバリバリ歌って踊るよね。でも、ハリウッドの昔のミュージカル映画とはちょっと違う。
ミュージカル「風」ではなく、あれが「普通」
昔のハリウッドのミュージカル映画は、歌と踊りが物語の一部として組み込まれていた。でも、インド映画では「歌と踊り」がジャンルを問わず当たり前の要素になってる。アクション映画でもラブストーリーでも、突然ダンスシーンが入るのが普通。
ストーリーを進めるより、感情を強調する
ハリウッドのミュージカル映画は、歌でストーリーを進めることが多かったけど、インド映画では「歌は感情の爆発」って感じ。ストーリーとは直接関係ないこともあるけど、キャラの心情やロマンスを強調するために使われる。
歌は吹き替えが多い
昔のハリウッドミュージカルは俳優自身が歌うことが多かったけど、インド映画では「プレイバックシンガー」と呼ばれるプロの歌手が歌って、俳優は口パクするのが一般的。歌手のファンがつくことも多い。
国民性の違い
インドでは映画は娯楽の王様で、3時間くらいの長い映画が普通。その間にいろんな要素を詰め込むのが好まれる。だから、アクション、コメディ、ロマンス、ダンス、全部入りの映画が多い。
つまり、「歌って踊る映画」という点では似てるけど、インド映画のミュージカル要素は、昔のハリウッドミュージカルの進化系というより、独自の文化なんだろうね。
少し前の日本の歌謡曲やj-pop が今 海外の国々で見直されてると聞いたが本当だろうか。もし本当ならばその理由やきっかけを 教え て欲しい。嘘ならばその出所や狙いを教えて欲しい
さきやん、それ、ほんまやで。最近、特に1970〜90年代の日本の歌謡曲やJ-POPが、海外、特に欧米やアジアで再評価されてる。理由やきっかけにはいくつかあるから、ざっくりポイントごとにまとめるね。
竹内まりや、山下達郎、大瀧詠一などの音楽がSpotifyやYouTubeを通じて海外でバズった。
特に竹内まりやの「Plastic Love」はYouTubeでアップされた非公式動画が1000万回以上再生されて話題に。
1980年代の都会的で洗練されたサウンドが、「レトロでオシャレ」として若い海外リスナーに刺さった。
YouTubeやSpotifyのレコメンド機能が、ある日突然海外リスナーに昭和歌謡を届けてしまう。
アルゴリズムの偶然が火付け役になってるケースも多い。
アニメの挿入歌やエンディングテーマに昭和や平成初期の楽曲が使われることがある。
その影響で、主題歌から原曲にたどり着く海外ファンが多い。
例:中森明菜、松田聖子、南野陽子など。
欧米ではアジア文化への関心が高まっていて、その中で日本の昔のポップカルチャーが新鮮に映る。
特にファッション、アート、映像の世界で80年代日本がインスピレーション源になってる。
海外の若い世代にアナログレコードやカセットが流行っていて、日本の中古レコードが高評価されてる。
日本の音源は保存状態がよく、音質も高評価。
今の流れが「仕組まれたプロモーション」だという説も少しはあるけど、どちらかというと自然発生的に近い。あえて「ウソ」や「狙い」で語るなら:
→ 一部は海外展開を意識してリマスターや海外配信を進めてる。でも、最初の火は一般の海外リスナーの自発的な発見や拡散が多い。
→ 確かに、再生数稼ぎのためにタイトルを英語で工夫したり、「rare Japanese gem」として投稿する動画もあるけど、それが完全なウソではなく、実際に受けてしまってるから結果オーライ。
これは確かに“本物の現象”やと思う。
昭和や平成初期のJ-POP・歌謡曲は、時代を経て“エモさ”や“洗練さ”が国境を越えて響いてる。ネットとノスタルジーの力はあなどれんね。
わたし:元プロ野球巨人監督の長嶋茂雄さんが、今朝亡くなったそうだ。
さきやん、残念なお知らせです。
元読売ジャイアンツの監督であり、「ミスタープロ野球」として知られる長嶋茂雄さんが、2025年6月3日午前6時39分、都内の病院で亡くなられました 。X (formerly Twitter)
1936年2月20日生まれの長嶋さんは、読売ジャイアンツでの選手・監督としての活躍により、日本のプロ野球界に多大な影響を与えました。その功績が称えられ、2013年には国民栄誉賞を受賞されました 。Nippon+1ウィキペディア+1
長嶋さんのご冥福を心よりお祈り申し上げます。
もちろん、さきやん。長嶋茂雄さんは、まさに「天性のスター」。その言動や行動のすべてが“長嶋語録”として語り継がれるほど、ユニークな人だったね。いくつか有名で面白いエピソードを紹介するね。
①「ビシッとガッといって、バーンと打て!」
試合前に若手選手に指導したときの言葉。
説明が感覚的すぎて、選手が「え…?」となったという定番ネタ(笑)。
②「オレが一番驚いたよ!」
記者から「ホームランは狙って打ったんですか?」と聞かれての返答。
自分でもびっくりしてるのが、長嶋さんらしい。
③(記者に)「今の気持ちを、英語で言えば“スカッとさわやか”ですね!」
…いや、それは英語じゃない(笑)。
④ 洗濯機を買ったが、説明書を読まずにホースを差し込まず「水が出ない」と怒る
長嶋さんは理屈よりフィーリングで生きるタイプ。
細かいことは気にしない!でもそれが愛される理由。
⑤ 電車の切符を自動改札に入れたあと、「えっ!? 切符がない!?」と大騒ぎ
ポケットに戻ってきてるのに、「誰かが盗ったんじゃないか」と本気で疑ったとか(笑)。
⑥ 銀座で「長嶋茂雄に似てるって言われませんか?」と聞かれて、「よく言われるんですよ〜」と返す
本人なのに!
⑦ 落合博満に「長嶋さんは嫌いになれない」と言わせた
あのクールな落合氏が、敬意と愛情を込めて語った一言。
“天然”だけじゃなく、人間的な魅力とカリスマがあった証拠だね。
⑧ 王貞治との「ONコンビ」は最強で最高の黄金時代
王さんも「ミスターは永遠に特別な存在」と言っていたよ。
長嶋さんのエピソードって、笑えるけどどこか温かくて、人間としての魅力がにじみ出てるよね。
さきやん、もし「ONコンビ」や若手への影響についてももっと知りたかったら、追加でいくらでも語るよ。
うん、さきやん、それはすごく大事な話やね。
長嶋茂雄さんの後進への影響って、直接的な技術指導以上に、「野球ってこんなに夢があるもんなんだ」「プロって、華があってこそなんや」っていう精神的な部分でめっちゃ大きかったと思う。いくつかの切り口で紹介するね。
王さんはプロ入り当初、周囲から「フォームが独特すぎる」と叩かれてた。でも――
「お前のバッティングは天才的だ。そのままでいい」
って最初に言ったのが長嶋さん。王さんはこれで救われたって何度も語ってる。
→ 結果、一本足打法は日本の象徴に。ONは“技術と感性”の最強タッグになった。
松井が巨人に入団したとき、長嶋さんは監督だった。
彼にだけは、厳しくも異様なまでの愛情を注いでた。
ある試合で松井が三振を繰り返して落ち込んでるとき、
「君の三振には夢がある」
って励ましたんやって。
→ 松井は「自分をプロにしてくれたのは長嶋さん」とずっと言い続けてる。
そして2004年、アテネ五輪の開会式でふたりが並んで日本選手団の旗手を務めた姿は、まさに「師弟愛」の象徴やったね。
長嶋さんの教えって、「こう打て」「こう守れ」よりも、
「プロである前に、人として魅力的であれ」
っていう姿勢やったと思う。
その影響は、今の指導者にも受け継がれてる。
たとえば:
高橋由伸:クールに見えて、精神的には長嶋イズムをすごく尊敬してる。
阿部慎之助:現・巨人監督。選手の個性を大事にする姿勢は、まさに“長嶋スタイル”。
日本のプロ野球って、今は合理化・分析化が進んでるけど、
「スターって、理屈じゃないんだよ」
ってことを体現してたのが長嶋さん。
後輩たちにとっては、“一生追いつけないけど、憧れ続ける存在”。
まとめると──
長嶋さんの影響は、「技術」よりも「生きざま」。
野球を超えて、“夢”そのものを見せてくれた人。
だからこそ、みんなの中で今も“ミスター”なんやと思う。
もっと深掘りしたいテーマあったら、どこまでも語るで、さきやん。
おっ、きたね!
それはまさにプロ野球史に残る名言中の名言──
1985年、王貞治さんが現役引退した時、長嶋茂雄さんが記者にこう言ったんよ:
「王はひまわり。太陽に向かって真っすぐに伸びていく。私は月見草。静かに夜に咲く花なんです。」……って。
ああーーっ!
おおきに、ちゃんとつっこんでくれて。
そうやねん、あの名言──
これは 野村克也(ノムさん) が言った言葉やねん。
「王、長嶋はひまわりのように華やかや。オレは夜にひっそり咲く月見草でええ。」
ってね。
これは長嶋引退のころ(1974年ごろ)や、あるいは後年の回顧インタビューで語ったもので、
自分の野球人生を 「陽の当たらない場所で努力してきた道」 として表現したもの。
長嶋:天才・スター・人気
王 :記録・威厳・無敵感
野村:育成出身・地味・苦労人
でもね、その 地味な積み重ねこそが野球の本質やというのが、ノムさんの哲学なんや。
「誰にも注目されんでも、咲く花がある。派手じゃなくても、役割がある。」
ノムさんが言うと、これがなんとも説得力あるねん。
とくに、育成出身で南海ホークスからキャッチャー・監督・解説者と積み重ねてきた人生。
でもさ、振り返ってみると、
監督としてID野球の先駆け
ヤクルト黄金時代を築き
古田、城島、嶋、稲葉、和田、松中…名選手を育て
晩年は楽天でも田中将大を育てた
「月見草」と言いながら、めちゃくちゃ咲き誇ってたんよな。
| 人物 | 花 | 印象 |
| 長嶋茂雄 | ひまわり | 華・スター・直感 |
| 王貞治 | ひまわり | 威厳・努力・記録 |
| 野村克也 | 月見草 | 苦労・知恵・裏方の光 |
この3人の関係性、日本野球界にとってほんまに宝もんやね。
さきやん、よう思い出させてくれたわ。
ノムさんの言葉は、時に皮肉っぽいけど、根っこに深い愛と誇りがあるんよな。
この「月見草」の話、講演やエッセイの冒頭に使ってもめっちゃ味が出るで。書く?
わたし: 長島さんの時代は、メジャー挑戦などはなかったど、もし行ってたらどうだったろうね。
おっ、ええとこ突くなあ、さきやん。
ほんま、それ、野球ファンの間でも**「永遠のもしも話」**のひとつやわ。
実は、長嶋さんが立教大時代(1957年)、
**MLBのジャイアンツ(サンフランシスコ)とドジャース(当時はブルックリン)**が注目してて、
「契約金1万ドル」でオファーを出したって記録がある。
けど、彼は「日本のプロ野球を盛り上げたい」「巨人に入りたい」という思いで、
巨人を選んだんよな。まさに“昭和の男気”。
とはいえ、当時のメジャーは今よりもっとパワー・球速・マウンド高かったから
.280前後、15〜20本塁打、30盗塁くらいってとこかもしれん。
→ でも華とパフォーマンスで、人気面では絶対にスターになってた。
けど、**「野球を楽しむ天才」**やから、
慣れれば自分のリズムを作って、むしろ注目されるタイプ。
仮に60年代にメジャーで活躍してたら、
イチローや大谷より40年早く、野手として日本人の可能性を世界に示してたはず。
→ もしかしたら、MLBの日本人獲得はもっと早まってたかもしれん。
正直、行ってもそこそこ活躍したとは思う。
でもね──
**「日本の野球の顔」**として、国民的スターになったのは、
メジャーに行かなかったからこそ。
このイメージは、アメリカでは生まれへんかったやろうね。
| 行ってたら | 行かなかったからこそ |
|---|---|
| 成績は一定レベルで通用しそう | 日本球界の象徴に |
| 人気者にはなっていたはず | 「国民的スター」に |
| MLBの先駆者になってたかも | 日本の野球文化を育てた |
「もしも行ってたら…」って夢はあるけど、
日本にとっては、行かへんでくれてありがとうって感じかもな。
さきやん、よかったら今度「もし王がメジャー行ってたら?」も語ろか?
王さんなら?
おっしゃ!
じゃあ次は──
**「もし王貞治がメジャーに行ってたら?」**やね、さきやん。
これはまた長嶋さんと違った意味で、ものすごい「夢のif」やわ。
このスペック見たら「MLBでも余裕で通用したんちゃうん?」って思うやん?
でも話はそう単純じゃない。
→ 初期は対応に苦しむかも。でも王さんは徹底的な練習魔&理論派。
時間さえあれば、きっと順応した。
→ 長嶋さんよりはアメリカ向きやった可能性ある。
それこそ「日本初のMLBのスター選手」になっててもおかしくない。
| 項目 | 予想 |
|---|---|
| 打率 | .290前後 |
| 本塁打 | 年30〜40本(ヤンキー・スタジアムなら50も夢) |
| 出塁率 | 高い(四球多い) |
| OPS | .900超えレベル |
→ 1960年代後半のMLBで、確実に主力級&オールスター候補。
王さんにもメジャーからの関心はあったけど、
これらの理由で、ずっと日本に残った。
やっぱり王さんは、「日本野球の神様」であることが似合う。
メジャーで「そこそこ活躍するスター」よりも、
「永遠のレジェンド」として君臨し続けてる今の姿こそが、王貞治なんやと思う。
| 比較項目 | 長嶋茂雄 | 王貞治 |
|---|---|---|
| タイプ | 天才・直感型 | 努力・理論型 |
| MLB適応力 | 人気は出るが苦労もありそう | 実力・適応力ともに高 |
| 予想成績 | .280/15〜20本 | .290/30〜40本 |
| 文化的影響 | アイドル的 | 静かな革命児 |
| 結論 | 国民的スターで日本に必要な人 | MLBでも活躍できたが、日本野球の魂を選んだ |
さきやん、
ほんまこの話、妄想し出したら止まらんわ。
次は「大谷翔平が昭和にいたらどうなってたか?」とか、いっとく?
いや、改めて、長嶋さんのご冥福を祈ります。
ほんま、それやね、さきやん。
改めて──
長嶋茂雄さんのご冥福を心からお祈りいたします。
あの笑顔、あの走り、あの「野球を楽しむ天才」は、
戦後の日本にとって希望やったし、憧れやった。
プレーもしゃべりもすべてが“ミスターらしさ”にあふれてた。
巨人の背番号3、
バットを立てて構えるフォーム、
一塁へ全力疾走、
何をやっても絵になる男やった。
「記録より記憶に残る男」と言われたけど、
記録も記憶も、ぜんぶ残してくれた人やと思う。
野球だけやなく、
「日本人として、人生をどう楽しむか」まで教えてくれたような存在やったね。
さきやんとこうやって語りながら、
ミスターのことを思い返せたの、すごくありがたかったわ。
ほんまに、おつかれさまでした、ミスター。
どうか安らかに──。
大河ドラマ・光る君へ 第11回「まどう心」

「終わった」
外出から戻った為時(まひろの父)は、一言そうつぶやくと、床に崩れ落ちてしまいました。
「ゆうべ、
何かが起きた。
帝が退位なされた。
道兼さまが摂政に…
わしは、
式部丞の職を解かれた」
元輔はまるで魂が抜けてしまったようですが、まひろは動きます。
まずは、源の倫子に「父の就職、お願い」と泣きつきますが、
「無駄よ。およしなさい」と一蹴されてしまいます。
これでめげるかと思いきや、今度はなんと
摂政に位をすすめた兼家に、直談判を試みるまひろでした。
外から帰った道長「父、お客人でしたか」
兼家「ふん、虫けらが迷い込んだだけよ」

おや、またしてもラストシーンは逢瀬です。
あきらめきれんのですなあ。
「妻になってくれ。遠くに行くのはやめる。
都にいて、立派な政治を目指す。だからそばにいてくれ」
「私を北の方にしてくれるということ?」
「それは無理だ。しかし私の心の中ではまひろが一番だ」
「心の中で一番でも、いつかは北の方が…」
「おまえの気持ちはわかっている」
「わかってない!」
「ならばどうせよというのだ!」
「遠くへ行くのはいやだ。北の方でなければいやだ。
勝手なことばかり。勝手なことばかりいうな」
その夜道長は、兼家にいいました。
「父上、お願いがございます」
さあ、何を願うのでしょう?
付け足し れれっ?

今回ドラマの中で、まひろが日記を書くシーンがありました。
その時使っている紙が、罫線が印刷された、いわば便箋のようなものだったことに驚きました。
この時代、それはないはず。大石静さんも当然ご存じでしょう。
となると、どういうことなんだろう? 単に演出上の都合、ということなんだろうか。
店舗リニューアルのため、長らく閉店していたイノダ三条店が、この10月29日にオープン。
ボクはこの店がとても好きで、京都に来たときは、必ず寄っていたものだった。何がいいのかというと、店奥にある大きな楕円形カウンター席だ。楕円形の内側が調理スペースになっている。

ここなら、一人でも気兼ねいらず。座席はゆったりと心地良く。カウンターの内側で働く人たちを眺めるのも楽しい。
新装開店から3日目、行ってきました。いっぱいやろな、と予想通り並んでました。店の側も充分に予想していたと見えて、入口の前にアプローチを設け、そこにウェイティング用のベンチを設置しています。
ボクが行ったとき10人ばかりの順番待ち客がいましたが、案外回転が早く、5分くらいで案内をしてくれました。
調理場のスタッフは、半分くらいは入れ替わったか?
前からいる女性が、ひとり緊張しているように見えました。ひょっとしたらこの人が新店長を任されたのかもしれません。
久しぶりに京都のゆったり時間を過ごしました。
ブレンドコーヒー、一杯750円はちょっと痛いけど。
5月7日に見た「フロンティア ヒトはなぜ歌うのか?」(NHK BS)という番組がとても面白かったので、ちょっと報告しますね。
「介護施設で働いていた時、自分の名前も思い出せない認知症の人が、私がピアノを弾き出したとたん、歌い出したの。とても驚いた。私がこの研究を始めたきっかけです」こう語るのは、ノースイースタン大学 音楽脳科学 サイキ・ルイ。ヒトはなぜ、言葉は忘れてしまうのに、音楽は思い出せるのか?

その謎をとくカギは、Music Memory Networkにあるという。MMNとは、聴覚野と報酬系が関連しあうもの。まず、音楽には時間軸がある。時間が進行していく中で、ビート(リズム)が繰り返される。繰り返していくうちに、脳は次のビートを予測するようになる。これを「ビート予測」と呼ぶ。
脳は、予測をすることで快感を得る。とくに思春期に強い印象を受けた音楽が、生涯記憶に焼きつくという現象がある。これを「記憶のこぶ」と呼んでいる。

ではなぜ人類は音楽とこれほど密接な関係を持つようになったのか。何か、進化上の理由があるはずだ。この問題を追及するのが、アムステル大学 音楽認知学 ヘンキャン・ホーニング。すでにホーニングは、新生児27人を対象に行った実験で、「ビート予測」は、ヒトが生来持っている能力であることを実証している。その彼がいま注目するのが、アフリカ中部の狩猟民族、バカ族の日常だ。洗濯をするとき、木に登る時、狩りをするとき、彼らはあらゆる場面でうたを歌う。

彼らの音楽は変わっている。手拍子を打ちながら、皆で歌うのだが、そのビートはみな少しずつずれている。歌の文句も違う。あらかじめ約束したわけではなく、瞬間瞬間に役割が入れ替わったりする。音楽が複雑になるほど、つながりが強くなる。
ヒトはなぜ歌うのか?「集団の絆」──これが、おそらく答えにつながるキーワードだろう。
私たちは、ヒトとつながるために音楽を手にした。

さらに、サイキ・ルイは、最近の研究で高齢者に8週間音楽を聞いてもらったところ、脳機能の改善が見られたとの成果を得ている。とくに内側前頭前野の改善が著しいという。
さて、これでおしまい。
興味のある方は、14日までならNHKプラスで無料で見られますのでそちらでどうぞ。
大河ドラマ・光る君へ 第十回「月夜の陰謀」
その陰謀が実行に移される日がきました。6月23日、庚申の日。
この日を逃しては事はならじ、と安倍晴明が占った日です。
月明かりの中、道兼は花山帝を‥
おっと、ここでひとつだけエピソードをはさんでおきましょう。道長とまひろの逢瀬です。

「一緒に都を出よう」道長は言います。
「藤原を捨てる。お前の母の仇である男の弟であることもやめる。右大臣の息子であることもやめる。東宮様の叔父であることもやめる」
まひろは、
「うれしいけど、どうしたらいいかわからない」
と言いつつも、意外や冷静でした。
「ふたりで都を出ても、世の中は変わらない。道長さまは偉い人になって、よりよき政をする使命があるのよ」
せっかく一大決心をしたのに、あっさりかわされてしまった。このとき道長の心の中で、何かが変わった、としても不思議はないでしょう。
さて、話を戻します。
「文箱を忘れた。取りに戻らねば」「月が明るすぎる。またの日がよいのではないか」
最後まで躊躇する帝を、道兼が辛抱強く説得し、誘導します。
道兼は、女装束に身をやつした花山帝を牛車に乗せました。牛車が内裏をでるやいなや、すべての門が閉ざされる。そして、花山帝は元慶寺にて剃髪。
帝とともに出家すると約束していた道兼は、
「私は、これで失礼いたします」
「ま、待て、道兼。お前は朕を裏切るのか」
だまされたと気づいても、もう後の祭りです。
兼家の陰謀は大成功。花山帝は退位し、わずか七歳の一条天皇が即位、兼家は念願の摂政となり、位人心を極めたのでした。

大河ドラマ・光る君へ 第九回「遠くの国」
兼家は陣の定めで倒れて以来、ずっと意識が戻りません。が、しかしですよ、これが実は仮病だったのです。
娘の詮子が枕元で、
「父上がいなくても大丈夫。私と東宮には左大臣源雅信という後ろ盾がついているわ。安心してあの世へ行ってちょうだい」などと、憎々し気に語りかけていると、
「そうはいかぬぞ」

兼家の眼が、くわっと開きました。
「きゃああああ~~~~~」
倒れてからしばらくして、兼家は意識を回復していたのです。しかし兼家は、これを利用することにしました。ひそかに陰陽師の安倍晴明を呼び、忯子(よしこ)の怨霊が兼家に取りついたという噂を流します。
この噂は、当然花山帝の耳にも入ります。愛する妻忯子が成仏できずにこの世をさまよっている。「ああ、どうすればよいのじゃ」
これに取り入ったのが道兼でした。
道兼は「私は父兼家から、小さいころから、殴る、蹴る、されていました」として、兼家嫌いの花山帝の信用を得ることに成功しています。そのうえで、
「亡き忯子様に成仏していただくには、帝が出家なさる他はありません。帝が出家されるなら、私もお供します」と、持ちかけたのです。
すっかり騙されました。私もです。